社員への貸付金は給与から天引きできる? 賃金支払いの基本ルール
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滋賀県の毎月勤労統計調査によると、平成30年(2018年)中の滋賀県内の事業所(30人以上)における常用労働者1人あたり月間現金給与総額は35万8159円でした。
これは同年の全国平均である37万2162円に比べて若干低い数値となっています。
また、平成27年(2015年)と比較した実質賃金指数は98.5と減少傾向にあり、滋賀県内の労働者の家計がやや厳しい状態にあることがうかがわれます。
家計が苦しい社員は、会社(使用者)から貸し付けを受けて急場をしのぐということもあるかもしれません。
会社の側としては、毎月社員に支払う給与から天引きをして回収すればよいと考えるでしょう。
しかし法律上、社員に支払う給与からの天引きは制限されているということに注意が必要です。
この記事では会社が社員に貸し付けをした場合、返済を給与からの天引きにより行うことが可能かどうかについて、ベリーベスト法律事務所 滋賀草津オフィスの弁護士が解説します。
(参考:「平成30年毎月勤労統計調査結果報告書 第2章.調査結果の概要(事業所規模30人以上)」(滋賀県))
1、給料の天引きは違法とされる場合がある
会社から受け取る給与は、労働者にとっては唯一の生活の糧である場合がほとんどですので、確実な給与の支払いを確保する必要があります。
そのため労働基準法上、給与の支払い方法については一定のルールが定められています。
会社が給料の天引きをする際には、労働基準法上のルールを意識して行わなければ違法となってしまう場合があるので、十分に注意が必要です。
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(1)賃金支払いの5原則
賃金支払いの方法に関して、労働基準法は以下の五つの原則を定めています(労働基準法第24条第1項本文、第2項本文)。
①通貨払いの原則
賃金は、原則として日本円の現金で支払うことが義務付けられています。
ただし、例外的に以下の場合については、日本円の現金以外の方法による支払いが認められます。
- 労働者本人の同意に基づき、本人名義の銀行口座に振り込む場合
- 労使協定に基づき、通勤手当として定期券を現物支給する場合
- 労働者の同意に基づき、退職金を小切手で支払う場合
②直接払いの原則
賃金は、労働者本人に対して直接支払わなければならないのが原則です。
ただし、裁判所の決定により給与債権が差し押さえられた場合には、例外的に差し押さえ債権者に対する支払いが認められます。
③全額払いの原則
賃金は原則として全額を支払う必要があり、会社が勝手に一部を控除(天引き)することは認められません。
しかし、一定の要件を満たす場合には、例外的に天引きが認められます。
どのような場合に天引きが認められるかについては、後ほど解説します。
④毎月1回以上払いの原則
賃金は、原則として毎月1回以上、労働者に対して支払わなければなりません。
ただし、臨時の手当やボーナス(賞与)などは例外です。
⑤一定期日払いの原則
賃金は、毎月の支払期日をあらかじめ定めて支払わなければなりません。
たとえば、「毎月末日締め、翌月25日払い」などと定める必要があります。
ただし、支払日が休日の場合に前営業日や翌営業日に支払うなどの調整は、あらかじめ定めておけば有効です。 -
(2)給料の天引きは全額払いの原則に反する可能性がある
貸付金の返済を給料の天引きにより行おうとする場合には、上記の全額払いの原則に反しないかどうかをよく確認する必要があります。
天引きが認められるためには、あとで解説する全額払いの原則の例外に該当することが必要ですので、要件を満たしているかどうかを事前に慎重に確認しましょう。
2、社員が会社からお金を借りるケースとは?
社員が会社からお金を借りるケースには、社内規定で定められている福利厚生制度を利用する場合と、事実上会社にお願いをして給料を前借りさせてもらう場合の、大きく分けて二つがあります。
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(1)福利厚生としての従業員貸付制度
社員が緊急にお金を必要とする事態に陥った場合に利用できるように、会社の福利厚生の一環として「従業員貸付制度」が設けられている場合があります。
従業員貸付制度により借り入れた資金は、使途が限定されてしまうものの、市中のカードローンなどに比べて好条件での融資を受けることが可能です。 -
(2)給料の前借り
従業員貸付制度がない、または利用要件に該当しない場合に、どうしても生活費が足りないなどの事情があるケースでは、会社にお願いをして給料を前借りさせてもらうこともあるかもしれません。
給料の前借りの条件などについては、会社と社員の間の交渉次第で決定されます。
3、例外的に給料の天引きが許される場合とは?
全額払いの原則にもかかわらず、以下の場合には例外的に、給料の天引きが法律上認められます(労働基準法第24条第1項但し書き)。
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(1)法令上の定めがある場合
法令上、給料からの天引きが認められている費用などについては、適法に行うことができます。
たとえば源泉所得税、社会保険料などがこれに該当します。 -
(2)労使協定に基づいて天引きが認められる場合
労使協定において給与からの天引きが認められた費用などについても、合法的な天引きが可能です。
会社が労使協定を締結するべき相手方は、過半数労働者で組織される労働組合がある場合にはその労働組合、ない場合には労働者の過半数を代表する者です。 -
(3)調整的相殺の場合
調整的相殺とは、給料を払いすぎてしまった場合に、過払い分とその後に支払われる給料を互いに相殺することをいいます。
調整的相殺については、法律の明文で認められているわけではありませんが、最高裁の判例上、以下の要件の下で認められると解されています(最判昭和44年12月18日)。- ①過払いのあった時期と賃金の生産調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期において相殺が行われること
- ②労働者に事前に予告する、金額が多額にわたらないなど、労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれがないこと
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(4)労働者の自由意思に基づく同意がある場合
労働者の自由意思による相殺への同意がある場合には、労働者の保護に欠けるところはないとして、給料からの天引きが認められると判例上解されています(最判平成2年11月26日)。
ただし、労働者が真に自由意思によって相殺に同意したと認めるに足りる客観的・合理的な理由の存在が必要です。
労働者が会社に雇われている立場である限りは、どうしても会社に従わざるを得ないという心理的プレッシャーが働くため、自由意思による同意があったと認められる可能性は低いと言わざるを得ません。
4、貸付金の返済を給料からの天引きにより行う際の注意点は?
全額払いの原則の例外を踏まえると、貸付金の返済を給料からの天引きにより行うためには、
- ①労使協定による方法
- ②労働者の自由意思による同意による方法
の二つが考えられます。
それぞれの注意点について解説します。
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(1)労使協定を有効に締結する
給料からの天引きをする場合は、労使協定を締結して行う方法がもっとも確実です。
労使協定の相手方は以下のとおり決まっているため、相手方が労使協定の当事者要件を満たしているかどうかをよく確認しましょう。-
過半数労働者で組織される労働組合がある場合
→労働組合 -
過半数労働者で組織される労働組合がない場合
→労働者の過半数を代表する者
ただし、労使協定で定めれば天引きがすべて認められるとは限らないことにも注意が必要です。
そもそも全額払いの原則は、労働者の生活保障の観点から設けられたものです。
この観点からすると、借入返済金をごっそり給与から天引きする内容の労使協定を締結したとしても、労働者の生活を脅かすものとして、公序良俗違反により無効と判断されてしまうおそれがあります。
したがって、労使協定の内容としては、天引きを認める金額の給与に対する割合について制限を設けるなどの対応を検討すべきでしょう。 -
過半数労働者で組織される労働組合がある場合
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(2)労働者の同意を理由とする天引きは避けた方が無難
労使協定を締結せずに、「労働者が同意しているからOK」と考えて給料からの天引きを行うのは避けた方がいいでしょう。
労働者が自由意思で天引きに同意しているかどうかは、ケース・バイ・ケースの判断になるため、会社にとって不確実性が高い方法となってしまいます。
また、特に従業員が会社に雇われ続けている場合には、自発的に天引きに同意したと認められるためのハードルは高く、紛争になった際に会社が敗訴するリスクは高いでしょう。
以上のことから、貸付金の返済を給与の天引きにより行う場合には、労使協定でしっかりルールを定めることをおすすめします。 -
(3)弁護士に相談しながら進めるのが安全
借入返済金の給与からの天引きは、労働基準法上の全額払いの原則からは外れるため、順法性について慎重にチェックしながら進める必要があります。
労働基準法の規定などを踏まえて正しく対応するためには、弁護士に相談しながら、法的な問題がないかを確認することをおすすめします。
5、まとめ
労働基準法上、給与の天引きを行うためには、法令上の厳格な要件をクリアする必要があります。
要件を満たさない給与の天引きを行ってしまうと、会社にとって紛争リスクを抱えてしまうことにもなりかねません。
ベリーベスト法律事務所では、労務・人事問題に詳しい弁護士が多数在籍しています。
社員に対する貸付金を給与からの天引きにより回収したいという場合には、ベリーベスト法律事務所 滋賀草津オフィスの弁護士にご相談ください。
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