失火で隣家を延焼すると「延焼罪」に問われる? 成立要件や罰則を解説
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火災は人命・財産に甚大な損害をもたらす危険があります。
滋賀県の令和2年版消防防災年報によると、令和元年中に滋賀県下で発生した火災の件数は383件で、死者12名・負傷者62名、9億2558万7000円もの損害が発生しました。
市街地や住宅地での火災は「延焼」によって被害が拡大します。
刑法には「延焼罪」という犯罪が設けられており、たき火などの際に不注意から隣家に延焼してしまった場合には、「延焼罪に問われるのではないか?」と不安に感じている方も多いでしょう。
本コラムでは「延焼罪」とはどのような犯罪なのか、延焼罪が成立する要件や関係するほかの犯罪との違いなどを滋賀草津オフィスの弁護士が解説します。
1、延焼罪とは
一般的に「延焼」とは、火災が起きた出火元から別の建物や山林などに火が燃え広がることを意味します。
刑法の「延焼罪」は「延焼を起こしてしまった者」が処罰されるものだと考えてしまうかもしれませんが、この解釈には誤りがあります。
まずは「延焼罪」がどのような犯罪なのかを確認していきましょう。
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(1)延焼罪の法的根拠と要件
延焼罪は刑法第111条に規定された犯罪です。
条文には次のように明記されています。- 1 第109条第2項または前条(第110条)第2項の罪を犯し、よって第108条または第109条第1項に規定する物に延焼させたときは、3月以上10年以下の懲役に処する。
- 2 前条(第110)第2項の罪を犯し、よって同条第1項に規定する物に延焼させたときは、3年以下の懲役に処する。
第108条は現に人が住居に使用または現に人がいる建造物などに放火した場合の「現住建造物等放火罪」、第109条1項は現に人が住居に使用せず現に人がいない建造物などに放火した場合の「非現住建造物等放火罪」のうち他人所有のものである場合です。
第109条2項は非現住建造物等放火罪のうち自己所有の場合を規定しています。
第110条は現住建造物等・非現住建造物等に該当しないものを焼損させた場合の「建造物等以外放火罪」で、1項では他人所有のもの、2項では自己所有のものに区別しています。
つまり延焼罪とは、自己所有の非現住建造物等・建造物等以外の物に放火して現住建造物等または他人所有の非現住建造物等に延焼させた場合、または放火によって他人所有の建造物等以外の物に延焼させた場合に成立する犯罪です。 -
(2)延焼罪の罰則
刑法の規定では、自己所有の非現住建造物または建造物以外を放火した場合、刑罰が軽減される措置が設けられています。
●自己所有の非現住建造物等放火罪
他人所有であれば2年以上の有期懲役が科せられるところ、自己所有であれば6か月以上7年以下の懲役に軽減されます。
また、公共の危険が生じなかった場合は処罰されません。
●自己所有の建造物等以外放火罪
他人所有の場合は1年以上10年以下の懲役が科せられますが、自己所有であれば1年以下の懲役または10万円以下の罰金に軽減されます。
延焼罪はこれらの加重規定であり、自己所有の非現住建造物等への放火によって現住建造物等や他人所有の非現住建造物等を延焼させた場合は3か月以上10年以下の懲役、放火によって他人所有の建造物等以外を延焼させた場合は3年以下の懲役が科せられます。
2、延焼罪と放火罪・失火罪の違いは?
延焼罪は、自己所有の非現住建造物等または建造物等以外への放火によって延焼を起こした場合に成立する犯罪です。
つまり、延焼罪の成立には放火罪が密接に関係しています。
また、延焼は故意に起こした火災ではないので失火罪との関係にも疑問が生じるでしょう。
延焼罪と放火罪・失火罪の違いを解説します。
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(1)延焼罪と放火罪の違い
放火罪は延焼罪が成立する前提となる犯罪です。
放火の対象に応じて、次の五つの類型が存在します。- 現住建造物等
- 非現住建造物等(他人所有)
- 非現住建造物等(自己所有)
- 建造物等以外(他人所有)
- 建造物等以外(自己所有)
延焼罪に関連するのはこのなかの非現住建造物等(自己所有)と建造物等以外(自己所有)が対象となった場合に限られます。
他人所有・自己所有にかかわらず、現住建造物等に放火した場合は現住建造物等放火罪となり、死刑・無期もしくは5年以上の懲役というきわめて重い刑罰が科せられます。
また、他人所有の非現住建造物等に放火すると2年以上の有期懲役に、放火によって他人所有の建造物等以外のものを焼損させ公共の危険を生じさせた場合は1年以上10年以下の懲役となります。
延焼罪と放火罪は対象物によって区別されますが、さらに「故意」の有無も問題となります。
延焼させる故意があった、あるいは延焼する危険が高いという認識があった場合は放火罪となり、予想外に火が燃え広がって延焼してしまった場合は延焼罪となります。 -
(2)延焼罪と失火罪の違い
失火罪は刑法第116条に規定されている犯罪で、現住建造物等・非現住建造物等・建造物等以外を過失によって焼損させることで成立します。
想定外の焼損という意味では、延焼罪と失火罪は近い関係にあるといえるでしょう。
ただし、延焼罪は必ず自己所有の現住建造物等または建造物等以外への故意による放火を起点として想定外の延焼が生じた場合に成立するものであり、不注意によって火災を発生させる失火罪とは根本的に異なります。
「延焼罪」という罪名を見て誤解し、失火によって隣家などに延焼してしまった場合も延焼罪が成立すると考えてしまう方は少なくありませんが、その解釈は間違いです。
不注意による出火はあくまでも失火として責任を問われるのみで、責任の度合いに応じて失火罪と重過失失火罪に区別されます。
3、延焼罪で逮捕された場合の流れ
延焼罪は放火罪の加重犯であり、生命・財産への危険が生じる重大な犯罪を前提としているため、厳しい刑事手続きを受けることになるでしょう。
延焼罪の疑いで逮捕された場合の流れをみていきます。
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(1)身柄拘束を受けたうえで送致される
警察に逮捕されると、その瞬間から逮捕による身柄拘束を受けます。
警察署の留置場に身柄を置かれるため、自宅へ帰ることも、会社や学校へと通うことも認められません。
警察の段階における身柄拘束の期間は48時間以内です。
この間に、放火に至った動機や経緯、犯行当時の状況などについての取り調べを受けたうえで、被疑者の身柄と捜査書類は検察官へと引き継がれます。
この手続きを「送致」といいます。 -
(2)最長20日間の勾留を受ける
送致を受けた検察官は、自らも被疑者を取り調べたうえで送致から24時間以内に勾留を請求するか、釈放しなくてはなりません。
令和2年版の犯罪白書によると、検察官が勾留を請求する割合は令和元年中に92.3%で、過去の数値と比較してもほぼ横ばい状態です。
しかも、裁判官が勾留請求を却下する割合はわずか5.2%しかありません。
つまり、逮捕・送致された場合はきわめて高い確率で勾留を受けると考えておくべきです。
裁判官が勾留を認めると、被疑者は原則10日間、延長請求によってさらに10日間の合計20日間にわたる身柄拘束を受けます。
勾留中の被疑者の身柄は警察へと戻されて、検察官による指揮の下で警察官による取り調べを受け続けることになります。 -
(3)起訴されると刑事裁判になる
勾留が満期を迎える日までに検察官が起訴すると、被疑者は「被告人」として刑事裁判を待つ身となります。
裁判官が保釈を認めない限り、刑事裁判が終わる日まで釈放されず被告人としての勾留が続きます。
刑事裁判の最終回となる結審の日には判決が言い渡され、有罪であれば法定刑の範囲内で量刑が言い渡されます。
検察官が不起訴とした場合は、刑事裁判は開かれません。
刑罰を受けることも、前科がついてしまうこともなく、直ちに釈放されます。
4、延焼罪の容疑をかけられたら弁護士のサポートが不可欠
自宅やマイカーなどに放火して近隣の住宅などに火が燃え移ってしまうと延焼罪に問われるおそれがあります。
また、不注意による失火で延焼を起こしてしまい、近隣住民などから「延焼罪だ」と責められるといった事態もあるでしょう。
延焼罪の容疑をかけられてしまった場合は、直ちに弁護士に相談してサポートを求めるのが適切です。
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(1)延焼罪が成立しないとの主張をサポートしてもらえる
延焼罪は自己所有の非現住建造物等・建造物等以外のものに放火した際の結果的加重犯であり、失火の場合は延焼罪に問われません。
失火であるのに放火を疑われ、延焼罪の容疑をかけられているのなら、警察の取り調べでは一貫して否認し、無実であることを主張するべきです。
警察・検察官による取り調べや刑事裁判において容疑を一貫して否認することは容易ではありません。
取り調べの重圧に耐えかねてしまい罪を認めてしまったり、不利となる証拠が見つかったりすることで、無実であるのに延焼罪での有罪判決が下されてしまうおそれもあります。
直ちに弁護士に依頼して、取り調べの際の心構えについてアドバイスを受けたうえで、延焼罪が成立しないことを主張するために有利な証拠の収集などのサポートを求めましょう。 -
(2)早期釈放や処分の軽減が期待できる
放火は厳しい刑罰が規定されている重罪であり、延焼を起こしてしまえば逮捕・勾留を受けたうえで起訴されてしまう危険も高い犯罪です。
警察に逮捕されると、勾留を含めて最長で23日間にわたる身柄拘束を受けます。
さらに、検察官が起訴に踏み切って保釈も認められなければ、刑事裁判が結審するまでの数カ月の間も身柄拘束が続きます。
長期の欠勤・欠席が続けば会社や学校から不利益な処分が下されてしまうおそれもあるので、弁護士に相談して早期釈放に向けた弁護活動を依頼しましょう。
逃亡・証拠隠滅の危険がないと判断されれば、身柄拘束が解除される可能性があります。
また、延焼被害者への謝罪や賠償といった示談交渉を尽くすことで、刑事裁判で下される量刑が軽減される可能性も高まります。
5、まとめ
延焼罪は、自己所有の非現住建造物等や建造物等以外のものに放火した結果、現住建造物等や他人所有の非現住建造物等・建造物等以外のものを延焼させてしまった場合に成立します。
自己所有の非現住建造物等や建造物等以外のものを焼損させたにとどまる場合よりも重い刑罰が規定されており、逮捕・刑罰を受ける危険も高い犯罪です。
逮捕・勾留を受けると最長で23日間にわたる身柄拘束を受けることになり、検察官が起訴に踏み切れば刑事裁判で厳しい刑罰が言い渡されるおそれがあります。
早期釈放や厳しい処分の回避を目指すなら、弁護士のサポートは欠かせません。
延焼罪の容疑をかけられてしまったら、直ちにベリーベスト法律事務所 滋賀草津オフィスまでご相談ください。
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