生前贈与を受けた後に相続放棄はできる? 贈与が取り消されるリスクは?
- 相続放棄・限定承認
- 生前贈与
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滋賀県草津市のデータによると、2019年中の同市内における死亡者数は927人で、出生者数の1136人を下回りました。
被相続人から生前贈与を受けたものの、実際に相続が発生した後で被相続人の借金が判明するケースがあります。この場合、相続人としては相続放棄をしたいところですが、生前贈与を受けた後でも相続放棄は可能なのでしょうか。
生前贈与を受けた後で相続放棄を検討する場合、詐害行為取消権や相続税の課税などとの関係で注意すべき点があります。
この記事では、生前贈与後の相続放棄の可否・注意点などについて、ベリーベスト法律事務所 滋賀草津オフィスの弁護士が解説します。
(出典:「草津市の人口・世帯数の異動状況」(草津市))
1、生前贈与を受けた後に相続放棄をすることはできる?
まずは、生前贈与と相続放棄の基本的な概要を紹介したうえで、生前贈与を受けた後でも相続放棄をすることが認められるかどうかについて見ていきます。
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(1)生前贈与・相続放棄とは?
「生前贈与」とは、被相続人が亡くなる前に、自身が所有する財産を相続人などの第三者に贈与することをいいます。
遺言による贈与(遺贈)や死亡を停止条件とする贈与(死因贈与)とは異なり、被相続人の生前の段階で財産の所有権が受贈者に移転するため、「生前贈与」と呼ばれています。
一方「相続放棄」とは、被相続人の遺産について、資産・債務を含めて一切相続しないという相続人の意思表示をいいます(民法939条)。相続放棄をした場合、その人の相続権は、はじめからなかったものとみなされます。
相続財産中の債務が資産を上回っている場合、相続人はマイナスの財産を相続することになってしまいます。このような場合には、相続放棄をすることにより、マイナスの財産を回避することが可能です。
なお、相続放棄をする際には、その旨を家庭裁判所に対して申述する必要があります(民法938条)。 -
(2)生前贈与を受けた後でも相続放棄は自由にできる
生前贈与を受けたという事実は、その後の相続放棄の可否に影響を及ぼすことはありません。
したがって、生前贈与を受けた相続人も、相続開始時点における相続財産の全体像を精査したうえで、相続放棄をするという選択が認められます。 -
(3)相続放棄の期間制限に注意
ただし相続放棄には、原則として「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月」という期間制限が存在します(民法915条1項)。
例外的に期間制限を過ぎても相続放棄が認められるケースはありますが、基本的には期間制限に間に合うように、速やかに相続放棄の検討に着手することが大切です。
2、相続放棄・生前贈与と「詐害行為取消権」の関係
生前贈与によって財産を得ておきながら、相続については相続放棄をして債務を免れることは不公平であるという考え方があり得ます。
この場合は「詐害行為取消権」によって調整が図られることになります。
詐害行為取消権とは、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを、裁判所に対して請求できる債権者の権利です(民法第424条第1項)。
ただし、相続放棄と生前贈与では、詐害行為取消権との関係での取り扱いが以下のとおり異なります。
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(1)相続放棄は詐害行為取消権の対象外
相続放棄は身分行為のため、詐害行為取消権の対象にならないと解されています(最高裁昭和49年9月20日判決)。
したがって、相続債権者が債権を回収できなくなることをわかったうえで相続人が相続放棄をした場合でも、詐害行為取消権によって相続放棄の効力が否定されることはありません。 -
(2)生前贈与は詐害行為取消権の対象になり得る
これに対して、生前贈与は通常の法律行為のため、詐害行為取消権の対象になります。
つまり、被相続人が、債務不履行が生じることが確実であることを知ったうえで生前贈与を行った際には、債権者の請求によって、その生前贈与が取り消されてしまう可能性があることに注意が必要です。
3、生前贈与後に相続放棄をした場合、相続税がかかるケースがある
相続放棄をした場合、相続する財産はゼロなので、相続税の課税は問題にならないようにも思います。
しかし、生前贈与について「相続時精算課税制度」を利用している場合には、相続放棄をした場合であっても、相続税の課税が問題になる可能性があります。
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(1)相続時精算課税制度とは?
相続時精算課税制度とは、生前贈与にかかる贈与税を軽減する代わりに、相続発生の段階で相続税を課税する形で精算する納税制度です。
通常の生前贈与の場合、年間110万円の基礎控除額を上回る部分については、贈与税が課税されてしまいます。
これに対して、相続時精算課税制度を利用すると、通算2500万円分の生前贈与については、贈与税が一律非課税となります(超過分については一律20%の贈与税が課税されます)。
したがって、1年の間にまとまった金額の生前贈与を行う場合、相続時精算課税制度を活用することで、贈与税額を軽減できるメリットがあるのです。 -
(2)相続時精算課税制度を利用した場合、相続税の計算が行われる
ただし、相続時精算課税制度の利用があった場合、その適用を受ける贈与財産を相続財産に加算したうえで、相続開始時に相続税が課税されます(すでに納めた贈与税分は控除されます)。
したがって、生前贈与について相続税精算課税制度の適用を受けている場合、相続放棄をした場合であっても、生前贈与の金額を基準として、相続税が課税されてしまうのです。
なお、相続税には「3000万円+600万円×法定相続人の数」の基礎控除が設けられているので、贈与財産が上記の金額以下の場合には、相続税はゼロとなります。 -
(3)相続時精算課税制度を利用するかどうかは受贈者の任意
相続時精算課税制度を利用するか、通常の贈与税に関する課税ルールの適用を受けるかは、贈与を受けた人が自由に選択できます。
したがって、贈与税・相続税の金額をそれぞれシミュレーションしたうえで、どちらを選択するのが税務上有利かを検討するのがよいでしょう。
税務上の取り扱いについて不明な点がある場合には、税理士などの専門家にご確認ください。
4、相続人に負担をかけないように財産を承継するには?
大きな金額の債務を負っている方が、相続人に負担をかけないように財産を承継するには、以下の方法が考えられます。
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(1)暦年贈与を活用する
相続財産中に多額の債務がある場合、相続人は相続放棄を選択する可能性が高いでしょう。
そのため、財産を次世代に残したいと考える場合には、生前贈与を活用するほかありません。
しかし、一括で多額の贈与をすると贈与税の課税が問題となってしまいますので、毎年少しずつ贈与する方法が有効です(暦年贈与)。
贈与税には、毎年110万円の基礎控除が設けられています。
したがって、110万円以下の金額の贈与を毎年行うことによって、少しずつ次世代に財産を非課税で移すことができるのです。
ただし、前述の「詐害行為取消権」による取り消しの対象にならないか、「定期贈与」とみなされて贈与税の課税が行われてしまわないかなどについては、弁護士・税理士に事前に相談することをおすすめいたします。 -
(2)生前に債務整理をしておく
生前に債務整理によって債務を圧縮しておけば、相続発生までに債務超過が解消できる可能性があります。
ただし、債務整理の方法によっては、財産の処分が必要になることに注意が必要です。
より多くの財産を次世代へ引き継ぐために、どの債務整理手続きを利用すればよいかについては、弁護士にご相談ください。 -
(3)相続人が限定承認を選択することも有効
債務負担を限定しながら資産を相続するためには、相続人の側で「限定承認」を行う方法も考えられます。
限定承認は、相続財産中の資産額の限度でのみ債務を相続するという意思表示を意味します(民法第922条)。
自宅の土地建物など、どうしても相続したい資産がある場合には、限定承認を行うことによって、単純承認よりも債務負担を抑えながら資産を相続することが可能です。
ただし、限定承認は相続人全員で行う必要があり(民法第923条)、相続財産目録の作成(民法第924条)、債権者に対する公告(民法第927条第1項)などの特別な手続きを経る必要があります。
そのため、限定承認を行う場合は、専門家と相談しながら手続きを進めることをおすすめします。
5、まとめ
生前贈与を受けた場合にも、相続放棄を行うことで、相続財産中の債務の負担を回避することができます。
ただし、生前贈与に対する詐害行為取消権の行使や、贈与税・相続税の課税が問題になる可能性があるので注意が必要です。
相続財産中に債務が含まれている場合の対処法や生前の対策については、弁護士に相談することをおすすめします。
ベリーベスト法律事務所では、遺産相続を中心的に取り扱う弁護士が、グループ内税理士と連携のうえで、相続問題の法的な解決や相続税申告をサポートします。
相続財産中の債務の処理など、相続問題にお悩みの方は、お早めにベリーベスト法律事務所 滋賀草津オフィスにご相談ください。
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